傷付き倒れている母

母を必死で手当てするわたし

治らない――

もう助からないとわかっている

それでも必死で手当てし続ける

自分も傷付いているのを忘れて

一筋の希望を信じて

それでも母は助からなかった

でもその時――

希望は思いもよらない所から来た


ぼくは君のお母さんにはなれないけど――

お父さんにはなることはできる――

だから――

さ、おいで――

今日からぼくが君のお父さんだ――

 
お父さん――

その一言がわたしの心の道を切り開いた

新しい父に抱かれ

傷付いた母に別れを告げる

新しい父の温もりは

まるで本当の父の様だった……


第七話「君の名は」


 俺は2階に昇り、少女が眠っている客間へと足を運んだ。大人しくもどこか寂しげのある顔で少女は眠りに就いていた。
(気持ち良さそうに眠っているな。でも、顔が寂しげだ……。なあ、君はいったい俺の過去にどういった繋がりを持っているんだ……?)
 そんなことを思いながら、俺は少女の頭を軽く撫で上げた。
 少女はずっと逢いたかったと言っていた。しかし、俺は過去にこの少女に会った記憶はない。一体この少女は何者なのだろう?
「あうーっ……抱っこ……」
 頭を軽く撫で続けていると、少女は寝言を囁きながら俺の方に手を引き寄せ、そして突然胸元へと引きずり込んだ。
「お、おい、離せよ!」
 この状況を名雪にでも見られたら、どんな誤解を招くか分からない。そう思った俺は少女から必死に離れようとする。しかし、驚くべきことに少女の腕は俺をしっかりと掴み、離そうとしない。
 まったく、さっきといい今といい、この馬鹿力は一体どこから湧き出ているんだっ!?
 「入るよ祐一〜〜」
 じたばたもがいている内に客間の扉が開き出した。嗚呼、恐れていたことが現実になろうとしている……。
「……。何してるの、祐一……」
「あ、いや……。いいか名雪、冷静になってよく聞くんだ。俺はこの娘が寂しそうな顔してたから頭を撫でてやっただけんなんだ。そしたらこの娘がいきなり抱きついて来て……」
「……」
「いいか? 決して寝ている隙に襲おうと思ったり、柔らかそうな胸を触ってみようかな? なんては思ってないぞ!」
 危機的状況を打破しようと画策し、様々な理由を述べようとした。しかし口から出た台詞は状況をますます混迷にいざなうもの以外の何物でもなかった。
「わたしは祐一を信じるよ」
「えっ!?」
「だって、寝かせた時は悲しみに溢れていたその娘の顔が、今は屈託の無い無垢な笑顔になってるんだもの……」
 そう――この娘は今屈託のない笑顔で寝ている。それは俺を心のどこかで慕っているからかもしれない。そんな少女を襲うなんて下劣な行為は、俺には出来ない。
 その俺の気持ちが少しでも名雪に伝わったようで、俺は嬉しかった。
「優しいくらい暖かいんだね、祐一の胸……。わたしも、抱かれてみたいな……」
 そんな言葉を残し、名雪は部屋を後にした。
「なでなでして……」
 そう少女が寝言を呟いて来た。
「何だ? あれだけ頭を撫でても、まだなでなでして欲しいのか? 仕方がない奴め。ほらっ、なでなでなで……」
 俺は少女の期待に沿う様に、再び頭を撫で上げた。
(不思議な感じがする……。ずっと以前に似たような光景が……。そうだ、あれは7年前、母さんと一緒にこの街に来た最初の日に……)
 そんなことを考えている内に俺は、少女の無垢な寝顔に誘われ、次第に深い眠りへと入っていった。



「祐一、お母さんはこれから駅の東側の山にある、知り合いのお墓を拝みに行くけど、祐一はどうする?」
「山に登るのはつかれそうだから、ぼくはこの駅で待っているよ」
「もう、軟弱ね、あの人の爪の垢を煎じて飲ませたいわ……。1時間位で戻って来るから、ここでちゃんと待っているのよ」
「うん、分かった」
 そう言って、お母さんはぼくを駅において山に歩いていったんだ。
「お母さん、おそいな〜。もう待つのあきたよ〜。そうだ、僕も山に行こう〜っと」
 お母さんは1時間くらいで戻るって言ったけど、ぼくは30分くらいで待ち飽きて、約束をやぶって山に登ることにしたんだ。
 駅から東にまっすぐ行くと、お母さんが行った山が見えてきた。山の入り口には大きな鳥居が二つ続いていて、その先は急な坂になっていたんだ。
「うあ〜、登るのきつそ〜。やっぱりやめよ〜っと」
 坂を登るのが大変そうだから、ぼくはやっぱり駅に戻ることにしたんだ。
「あう〜〜……」
 そしたら、近くから動物の鳴き声が聞こえてきたんだ。
「なんだろ、猫かな?」
 鳴き声の正体が気になって、ぼくは声が聞こえてくる方に歩いて行ったんだ。
「あっ、キツネだ」
 そこには血を流してぐったりしている母キツネと、その傷口を必死になめている子キツネがいたんだ。
「どうしたの、お母さん死んじゃったの?」
 ぼくは母親の傷口を必死になめている子キツネに話しかけたんだ。でもそのキツネは時々「あうーっ……」ってさけぶだけで、ぼくの方をぜんぜん向いてくれなかったんだ。
「あっ、君も足ケガしているよ。ダメじゃないか! お母さんのケガより自分のキズ口をなめなきゃ」
 ぼくは心配そうな顔で子キツネをずっと見ていたんだ。
「祐一! 駅で待ってなさいって言ったでしょ!」
 そしたら、お母さんが山から下りて来て、ぼくをどなったんだ。
「わっ、お母さん、ゴメンなさい!」
 ぼくはすぐさまお母さんにあやまったんだ。
「もう、活発的な所だけ日人ひのひとさんみたいなんだから……」
 日人さん。ぼくが何かをした時、いつもお母さんが名前に出す人だ。会ったことはない。春菊おじさんの親友だった人って話は聞いたことがあるけど、詳しくは知らないんだ。
「あら、狐?」
「うん。このキツネさんたち、助かりそう……?」
 ぼくが心配そうに言うと、お母さんは狐の方に近づいたんだ。
「母親の方はもう死んでいるわ……」
「やっぱり……」
 子供のぼくの目でそう思えるんだから、お母さんのいうとおりだと思う。でも、お母さんはもっと悲しいことをぼくに言ってきたんだ。
「でも、このままじゃ子供の方も死んじゃうわ……」
 それを聞き、ぼくの胸はかなしみでいっぱいになったんだ。
「え、そんな!? かわいそうだよ! こんな寒い所で」
「優しいのね祐一」
「そうだ! ぼく、このキツネを名雪の家に連れていくよ!」
「自然で生まれ育ったものは自然で死ぬべきよ。そこに人間が介入すべきではないわ。と、言いたいけれど、傷を見る限りその狐を傷付けたのは人間ね。自然に住む生き物を傷付ける行為は人間の連帯責任。だからその命を助けるのも人間の共通の義務よ。
 いいわ、兄さんの家に一緒に連れて行きましょ」
「ありがとう、お母さん」
「だけど、狐を飼うのは祐一がこの街にいる間だけ。帰る時はちゃんとこの山に戻すのよ」
「うん、わかったよ」
 そうしてぼくはその子キツネを、いとこの名雪の家に一緒に連れていくことにしたんだ。
「ほらっ、行くぞ」
 そう言い、ぼくは子キツネをお母さんキツネから引きはなそうとしたんだ。でも、その子キツネはそこから動こうとしなかったんだ。
「君のお母さんはもう死んじゃったんだ。このままじゃ君も死んじゃうんだよ!」
 キツネに人間の言葉が通用するわけがない。けど、ぼくは必死にその子キツネに話しかけたんだ。
「あうーっ……」
「気持ちは分かるよ。でも、ぼくは君が死ぬのはイヤだ。ぼくは君のお母さんにはなれないけど、お父さんにはなることはできる。だからおいで。今日からぼくが君のお父さんだ」
 そう言うとぼくの気持ちが通じたのか、その子キツネはぼくの方に近づいてきたんだ。
「よかった、ぼくをお父さんって思ってくれるんだねっ」
「あうーっ」
「さ、行くわよ祐一」
「うんっ」
 そしてぼくはその子キツネをだいて、お母さんと一緒に名雪の家に向かったんだ。



「ふあ〜〜あ〜〜。気が付かないうちに眠りに就いてしまったんだな」
 ふと目覚めると外はもう夕暮れを過ぎ、闇が辺りを覆い始めていた。肝心の少女の方は心地よさそうな顔で、未だに眠り続けている。身体を起こそうとしたら、簡単にすり抜けることが出来た。
「ようやく解き放たれたな」
   そう言い、俺は現時刻を確かめる為部屋を後にし、自室へと向かった。
「じゅ、17時57分!? い、いかん、あと少しで守護月天が始まってしまう。急がねば!!」
 俺は急いで1階へと下った。
「あ、祐一、起きたんだ」
 階段を降りかけた時、名雪が俺に話し掛けて来た。
「名雪、18時から何か見るテレビはあるか?」
「特に無いけど?」
「じゃあ、俺が見たいテレビを見てもいいか?」
「うん、別に構わないよ」
「サンキュー」
 名雪にテレビを見る承諾をもらい、急いで居間へと向いテレビを点ける。幸い守護月天はまだ始まってなかった。
(そういえば名雪の声って、シャオと瓜二つだよな〜〜)
 そんなことを思いながら番組を視聴し続けた。
 番組を見終えた頃、秋子さんが帰宅し名雪と共に夕食の準備に取り掛かる。その合間を練り、俺は少女の様子を見に行った。



(まだ起きてないみたいだな。今の内に所在が確認可能な持ち物でも探してみるか……)
 人の所有物を勝手に漁るのは悪い気もするが、とにかく今は少女の消息が知りたい。そう思い俺は少女が持ち歩いていたバックに手を掛けた。
「うっ、このバッグはっ!?」
 バッグを手にした瞬間、俺は驚きを隠せなかった。このバッグ、よくよく見ると「ジオン公国」の紋章が刻まれている。確かこれと同じ物をアキバのショップで見掛けたことがある。
(一体なんでこんな物を……?)
 こんなバッグ、こんな田舎では到底手に入らない。いや、仮に上京した折に購入した物だとしても、少女が持つにはあまりに不釣合いなものだ。
(と、バッグに見取れている場合じゃないな……)
 このバッグから分かるのは、少女がガンヲタかもしれないということだけだ。しかし、そんなものは少女の身元に繋がる証拠にはならない。とにかく中身を捜さなければ始まらないと、俺はいよいよバッグの中身を漁り始めた。
 バッグの中にはいくつかのパンが入っていた。まだ手を付けていない所を見ると、恐らく昼食は取っていないのだろう。それならば、力を使い果たしたように倒れ込むのも合点がいく。しかし、バッグの中に入っているパン、あまりに奇抜な形のパンばかりで、こんなのが本当に食えるのかどうか甚だ不安だ。
(むう、この財布は……)
 更にバッグを漁ると、中から赤い色の財布が出て来た。財布の色自体は少女が持っていても不思議ではない色だ。しかし、このバッグに対して赤色の財布を入れているということは、どう考えてもシャアを意識しているとしか言えない。
 財布の中には数千円程入っていたが、他に身分を証明するようなものはなかった。
(これ以上捜しても無駄か。昼食取ってないならその内腹を空かして下に降りて来るだろう)
 そう思いながら、俺は少女が寝ている部屋を後にしたのだった。



「はしょり過ぎだよ」
 夕食を取り終えた後、俺は名雪と秋子さんに事の真相を語った。そうしたら開口一番、名雪が俺に苦言を呈して来た。状況をスパロボに見立て遊び半分に攻撃を回避し続けていたのだから、確かにふざけ過ぎた行為だったかもしれない。
「けど、先に宣戦を布告したのはあっちだ。俺は専守防衛の精神に乗っ取った行動をしたまでだぞ」
「女の子には手を出さないの!」
 色々と弁明を重ねたが、名雪は叱るだけで一向に俺の話を聞きそうにない。
「はいはい。出過ぎたマネでした。もう二度とこんな軽率な行動は取りません」
 このままでは埒が開かないと思った俺は多少譲歩をし、とりあえず形だけ謝っておいた。
「祐一、何だか全然反省する気持ちがないみたいだけど?」
「そうか?」
「ところで祐一さん。その娘がどこの娘か分かりますか?」
 話を切り替える様に、秋子さんが訊ねて来た。
「それが、手掛かりらしき物は何にもなくて」
「そうですか。その娘はまだ眠ったままかしら?」
「ええ、気持ちよさそうな寝顔で眠ったままです」
「そう……。なら身元を確認するのはその娘が起きてからでもいいわね」
 詳しいことは全て少女が目覚めてから。それが夕食後に行われた少女の処遇に対する話し合いの結論だった。その後俺は読み掛けの漫画を読んだりして床に就いた。



 夜の丑三つ時を過ぎた頃、俺は尿意に駆られて1階へと降りた。用を足し2階へ昇ろうとした頃、台所の方で何やら物音がした。
(泥棒でも侵入したのか……)
 こんな田舎に泥棒なんていないと思いつつも油断は出来ない。そう思い、俺は台所へと足を運んだ。
 台所に近づくに連れ、物音に混じり何やら泣き叫ぶ様な人の声が聞こえて来る。
「あぅ、お腹空いたよ。何にも食べる物が無いよう……」
 悲鳴に近い声をあげ、冷蔵庫をあさる黒い影。その声を聞き俺は確信した。間違い無い、あの少女がようやく目を覚ましたのだと。
「わっ、何、何!?」
 俺が灯りをを点けると、突然明かりが点いたことに驚いてか、少女は慌てふためいた。
「ようやく目を覚ましたか。何をしているんだ?」
「あぅ、お腹が空いたから食べ物を探してたの……」
「食べ物? バッグの中にパンがあっただろ? あれはもう食べたのか?」
「あぅ、あんなマズイ物、食べられないわよぅ」
「あっ、やっぱり」
 見た目が美味くなさそうだと思ってはいたが、やはり見た目通りのパンだったのか。興味本位で口にしなくて良かった。
「あぅ、優しそうな人だったのにぃ……」
 少女は半べそをかきながら、そう悲痛な声で叫ぶ。優しそうな人というのは、少女にパンを与えた人のことだろうか。確かに顔に善意が溢れ出ている人から差し出された物なら、どんなに見た目が悪くても口にしないのは悪いと食してしまうことだろう。
(やれやれ、仕方ない……)
 呆れながらも、俺は少女が目覚めた時お腹が空いていて困らないようにと秋子さんが予め準備していた夕食の残りを、電子レンジで温め直した。
「ほい。とりあえずオカズだ。あとご飯と味噌汁を温め直してやるから、暫く椅子に座って待ってな」
「あっ。う、うん……」
 そう言い、俺は炊飯器にスイッチを入れ、ガスコンロを使って残り物の味噌汁を温め直した。
「ところでお前、名前は何て言うんだ?」
 味噌汁を温めながら、俺は少女から名前を聞き出そうとした。
「えっと……。忘れた……」
「なっ、なんだってーー!?」
 その一言を訊き、俺は温めている味噌汁に頭を突っ込みそうになる。名前を忘れたって、どこの世界に自分の名前を忘れるバカがいるっ!? ひょっとして忘れたのではなく、何かしらの事情で語られないだけじゃないんだろうか。
「……まあいい、これを食べ終わった後にでもゆっくり思い出してくれ。ちなみに俺は相沢祐一と言う名前だ」
 ここで少女を責め立てたって何も始まらない。下手に糾弾したらまた名雪にとやかく言われるのがオチだ。少女が自然に語り出す、もしくは思い出すのを気長に待とう。そう思いながら、俺は礼儀として自分の名を語った。
「祐一……って呼んでいいかな?」
「ああ、構わないぜ。ほら、味噌汁温め直したぞ」
 その後、炊き終わったご飯を少女に差し出した。とりあえずこれだけ食えば腹は満たされるだろう。
「うん。色々してくれてありがと……」
 御世辞にも少女が俺にそう言って来たのだった。



「で、名前は思い出したか?」
 ご飯を食べ終えたばかりの少女に、俺は椅子に腰掛けるや否やそう訊ねた。
「わっ、さっきゆっくり思い出せって言ったでしょ」
「悪いがこの家には見知らぬ人を抑留している暇は無いんだ。あと十分以内に思い出さなかった場合、北に強制送還するぞ!」
「そんなに早く思い出せるわけないでしょっ!」
「まあ、将軍様の国に強制送還するのは冗談としても、名前がないのはこっちとしても大変だな。とりあえず思い出すまでお前の名前は『ああああ』だ」
「そんな訳の分からない名前嫌よーー」
「訳の分からない名前じゃないぞ。あらゆる歴代の勇者に名付けられる伝統的な名前だ」
 実際は勇者に限らず、あらゆるキャラクターに付けられている名前の筈だ。とりあえず呼ぶ程度の名前をそんなに深く考える必要はない。ゲームにおける「匿名希望」に等しいこの名前で十分だと思うのだが。
「嫌なものは嫌! 真琴まことはそんな変な名前じゃないわよぅ!」
「へっ……!?」
「? どうしたの、そんなキョトンとした顔して?」
「お前今、自分の名前言わなかったか?」
「だから、忘れたって何度言わせれば気がすむのよぅ!」
「……。じゃあ『古い乙女』っていう意味で『アルトメイデン』っていう名前はどうだ? いかにも中古女っぽいのに実は処女だという、この矛盾に満ちた語感が何とも言えないぞ」
「だから真琴はそんな変な名前じゃないって言ってるでしょ!!」
「……。だから、その『真琴』っていうのがお前の名前じゃないのか?」
「あっ……」
 ようやく、少女は自ら名前を語りだしていたことに気付いたのだった。まったく、普通に喋っている状態じゃ思い出せないのに、名前をからかっただけで思い出すとは、呆れて物も言えない。
「まっ、過程はともかく思い出したからいいか。食い終わった食器は、きちんと流し台に置いておくんだぞ」
「う、うん、分かったわよ」
 とりあえず今は名前が分かっただけで十分か。もう遅いし身元その他は明日じっくり聞くこととしよう。そう思い、俺は食器を片付けるよう真琴に言い残し、再び床に就いた。



「こんにちは、秋子さん」
「こんにちは、雪子せつこさん。遠い所からわざわざご苦労様です」
「祐一が雪を見たいって言うからね。毎年のことだけど、また冬の間世話になるわ」
「了承」
「ふふっ。相変わらずね、その台詞」
 ケガしたキツネを拾ったあと、ぼくとお母さんは名雪の家に行ったんだ。
「おじゃましまーす」
「あっ、ひさしぶりだね、祐一。あれっ、そのだいているの、ひょっとして猫さん?」
「ばーか、これのどこが猫さんなんだよ。こいつはキツネだよ。ケガをしてかわいそうだったから連れてきたんだ」
「ケガ! 待っててね、今手当てのじゅんびをするからっ」
「ありがとう名雪。さあ、お前、もう大じょうぶだぞ」
 これでもう安心。ぼくは名雪にありがとうって思いながら、家の奥に入っていったんだ。
「あら、今の狐?」
「ええ、母親を失ってその上怪我をしていて、可哀想だからって祐一が連れてきたのよ。お葬式、もう終わったわよね……」
「ええ。昨日終わったばかりよ」
「本当はもっと早く来るつもりだったんだけど、気持ちの整理がつかなくて……」
「仕方ないわ。ここ10年で立て続けだもの……」
「日人さん、兄さん、それに今度は神夜かぐやさん……。みんな、早過ぎるわ……」
「雪子さん、泣かないで……」
「ごめんなさい……。でも私より辛いのは、残されたあの子ね。あの子はあなたが預かることにしたのかしら?」
「いえ、それが……。ごめんなさい、やっぱり私にあの子を受け入れることは出来ないわ……」
「そう……」
「今は生前神夜さんにお世話になった古河ふるかわさんという方があの子の面倒を見ているけど、倉田先生も養子にされたいって仰られてたし、どうなるかは分からないわ……」



「はいっ、キツネの手当て終わったよ」
「ありがとう、名雪。これでもう大じょうぶだ」
 そうぼくは、狐の手当てをしてくれた名雪にお礼を言ったんだ。
「このキツネ、名雪の家で飼えるかな?」
 お母さんは名雪の家に連れてってもいいって言ったけど、名雪のお母さんに飼ってもいいってまだ言われてない。秋子さんはまだお母さんとお話中だから、ぼくは名雪に飼えるかどうか聞いてみたんだ。
「う〜ん……」
 名雪は少しなやんだ後、
「うん、お母さんなら1秒でO・Kすると思うよ」
と答えてくれたんだ。
「やったー!」
「でも、飼うとしたら名前をつけないとね」
「うん、そうだね」
 名雪の言う通り名前がなきゃ呼ぶ時とか大変そう。そうしてぼくたちはキツネの名前を考え始めたんだ。
「『コンコン』、何ていうのはどうかな?」
と名雪の方から先に、考えた名前を言い出してきたんだ。
「ちょっと単純じゃないかな?」
「え〜〜、かわいいよっ」
「かわいい名前なんてダメだよ! 『天狐』とか『エルヴィン=ロンメル』とかカッコイイ名前付けなきゃ!!」
「でもこのキツネ、メスだよ」
「えっ、メスなのっ!?」
 ボクは助けたときからずっとこの子キツネはオスだと思っていたんだ。だからどんなカッコイイ名前が似合うかなって考えてたけど、メスなのか。う〜ん、確かにメスなら可愛い名前つけた方がいいけど、可愛い名前なんて思いつかないなぁ……。
「!! よ〜〜し、決めたっ。このキツネの名前は、沢渡舞子さわたりまいこ……じゃなくて、沢渡真琴だ!」
「何か人間みたいな名前。どういう意味の名前かな?」
「ただの思いつきだよ」
 本当はあこがれのお姉ちゃんの名前を参考にしたんだけど、はずかしくて名雪の前で理由なんて言えないな〜〜。
「人間っぽい名前じゃなくて、もっと動物っぽいかわいい名前の方がいいと思うけど、飼うのは祐一だし、祐一がその名前でいいって言うならわたしは構わないよ」
「ようしっ、今からお前は沢渡真琴だっ」
 そう言ってぼくはほうたいが巻かれたばかりのキツネ、沢渡真琴を高らかと持ち上げたんだ。
「あうっ、あうーっ」
 真琴がとってもうれしそうに鳴いてくれた。ぼくは真琴が自分がつけた名前を気に入ってくれたんだと思って、とってもとってもうれしかったんだ。

…第六話完


※後書き
 改訂版第七話です。かれこれ第六話書いてから1年半以上経っていますね(苦笑)。
 今回、長らく放置していた改訂版をまた書き始めたかと言いますと、「CLANNAD」プレイした影響が大きいですね。実の所「CLANNAD」買う前から「みちのくシリーズで『CLANNAD編』書くとしたらどう繋げようか」ということを考えていました。
 それで、実際にプレイし始めて色々考えている内に繋げる方法を思い付き、再び書き始めたという経緯です。
 という訳でして、後付けながら(笑)、改訂版は「CLANNAD」とクロスオーバーすることとなりました。どう「CLANNAD」が絡んで来るかはこれからの楽しみということで。まあ、絡むと言いましても、話の大筋やら結末やらが改訂前と異なるくらいまでは絡まないと思いますけど。
※平成18年12月8日、後半の辻褄合わせの為、一部台詞を書き換えました。ええもう、完全に後付ですよ。SSは漫画と違って書き直しが楽でいいですね(笑)。

八話へ


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